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安全・安心な武雄市を作ろう 織田勉(おだつとむ) 44歳 O型 独身


by kisima13
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野村克也氏の半生

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今週、あるテレビ番組で野村克也氏の半生が放送された。

昭和28年、無名の高校生だった彼は、南海ホークスにテスト生で入団した。

1年後に球団からクビを言い渡されたが、田舎に帰れないと頼み込んで現役を続けさせてもらい、3年目のハワイキャンプで頭角を現し、南海の正捕手の座をつかんだ。

それ以降、戦後初の三冠王に輝くなど、攻守でパリーグを代表する選手になった。

しかし、当時は人気がなく注目度が低いパリーグだった為、巨人の長嶋と王をヒマワリ、南海の自分を月見草に例えた。

現役時代は打倒巨人に燃え、歴代1位の3000試合出場、安打と本塁打と打点の3部門全てが歴代2位と、同い年の長嶋茂雄氏の個人打撃記録を上回った。

35歳でプレイングマネージャーを務め、45歳で現役を引退し、解説者になられた後、ヤクルトの監督で3度の日本一を果たし、阪神と楽天の監督も務められた。

独自の野球理論を持ち、南海監督時代に江本などの10勝投手を育て、当時は珍しかったリリーフ投手に江夏を抜擢し、プロ野球に革命を起こした。

データを基にしたID野球で、弱小球団だったヤクルトを強くした。

今季、楽天を2位に昇格させながらも球団から解任され、野球の現場から離れた。

試合後のボヤキが、とても楽しみだった。

パリーグCSで日本ハムに敗れた後、両チームの選手達から胴上げされたシーンが、とても印象的だった。

その後、インタビューで「人を残す」ことが出来て、野球界に少しは貢献できたと話された。

母子家庭の貧しかった少年時代に不屈の根性で野球に打ち込み、母を楽にさせたいという気持ちでプロ入りし、努力と精進でスター選手に這い上がった。

子どもの時の苦労と母親への思いが、彼を今まで支えてきた。

母校に通う高校生に「何のために生まれてきたのか?」と尋ね、「世の中の為、人の為に尽くせば、自分に返ってくる」と話された。

人間として尊敬できる人だ。


こちらこちらも御覧下さい。
by kisima13 | 2009-12-09 22:55 | 野球(プロ アマ)